ずんだもん Lab - ニュース速報α -

Come on, join me and let's find the thread with the most momentum!

簡易必死チェッカー
  • UNIQ ID
    3 人
  • N00B ID
    2 人
    • 必死ID TOP5
    • >>1 ID:???
      投稿回数
      2 回
      投稿速度
      4.8 res/分
      最大文字数
      1487 字
      平均文字数
      1457.5 字/res
      初投稿
      2024/06/23(日) 08:16:23
      最終投稿
      2024/06/23(日) 08:16:48
      粘着時間
      25秒
    • 投稿回数
      1 回
      投稿速度
      - res/分
      最大文字数
      167 字
      平均文字数
      167 字/res
      初投稿
      2024/06/23(日) 15:33:49
      最終投稿
      2024/06/23(日) 15:33:49
      粘着時間
      -
    • 投稿回数
      1 回
      投稿速度
      - res/分
      最大文字数
      46 字
      平均文字数
      46 字/res
      初投稿
      2024/06/23(日) 17:22:19
      最終投稿
      2024/06/23(日) 17:22:19
      粘着時間
      -
    • 安価先ID TOP5
    • >>1 ID:???
      安価数
      2 回
      初投稿
      2024/06/23(日) 08:16:23
[ニュース速報α newsalpha]   0 res/時
擬古牛φ ★
2024/06/23(日) 08:16:23.03 ID:???

★ きょう沖縄戦から79年の「慰霊の日」 20万人超える人が犠牲に

2024年6月23日 8時00分

沖縄は23日、20万人を超える人が亡くなった沖縄戦から79年の「慰霊の日」を迎え、
戦没者を追悼し、平和への願いを新たにする一日となります。

太平洋戦争末期の沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦で20万人を超える人が亡くなり、
県民の4人に1人が命を落としました。

6月23日は旧日本軍の組織的な戦闘が終わったとされる日で、沖縄県が「慰霊の日」と定め、
最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園では、正午前から戦没者追悼式が行われます。

県内のシンクタンクの調査によりますと、戦争を実際に体験した県民の割合は
全体の1割を下回っているとみられています。

こうした中、先月には旧日本軍が首里城の地下に造った司令部壕のうち、
住民の犠牲の拡大につながる作戦が決められたとみられる重要な場所の新たな映像が公開されました。

当時のことを証言できる人が少なくなる中、専門家からは沖縄戦の実相を伝えるための方法が、
体験者の証言から、“物言わぬ語り部”とも言われる司令部壕などの戦跡に転換する
分岐点にあるのではないかという指摘も出ています。

一方、県内には依然として全国のおよそ7割のアメリカ軍専用施設が集中し、
国が沖縄を含む南西諸島の防衛力強化を進める中、自衛隊の新たな部隊の配備や強化も
計画されていて、日本の安全保障に伴う沖縄の役割や負担は増しています。

県民の多くが命を落とし、平和への強い思いを持ち続けてきた沖縄。戦没者を追悼する
23日は平和を見つめ直し、願いを新たにする一日となります。

●「平和の礎」には24万2225人の名前

平和祈念公園にある「平和の礎(いしじ)」は沖縄戦などで命を落とした人々を悼み、
悲惨な戦争の教訓を後世に継承しようと、戦後50年の1995年に建てられました。
国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦で亡くなった人の名前が刻まれています。

また、沖縄県出身者については沖縄戦だけでなく、昭和6年の満州事変以降に
戦争が原因で亡くなった人の名前が刻まれています。

毎年6月23日の「慰霊の日」に合わせて新たに申告があった戦没者の名前が追加されていて、
ことしは県出身者24人、県外出身者157人のあわせて181人が追加され、
礎に刻まれた人はあわせて24万2225人となっています。

「平和の礎」の前では、23日朝早くから遺族などが訪れ、静かに手を合わせて
平和への祈りをささげていました。

豊見城市の男性「平和の世の中になってほしい」

沖縄戦やサイパンで戦闘に巻き込まれ、祖父や叔父あわせて4人を亡くしたという
豊見城市の69歳の男性は、子どもや孫と平和の礎を訪れ「二度と戦争が起こらない状況に
持っていかないといけないが、沖縄に自衛隊を送りこむなど今は逆になっていると、
昔の人はこの雰囲気をわかっているのではないか。
平和を願うしかない、平和の世の中になってほしい」と話していました。

●那覇市の女性「戦争いつなくなるんだろう」

祖父の母と祖父の妹が亡くなったという那覇市の40歳の女性は、
「祖父が学童疎開をしている間に母と妹が亡くなって沖縄に戻ってきたら
誰もいなくなっていたと聞いています。いまも世界で戦争が続いていて、
いつなくなるんだろうと思っています。早く戦争が終わって終結して、
日常の生活を取り戻してほしい」と話していました。(続く)

NHK http://www3.nhk.or.jp

続きは>>2-4
▶ 読み上げ

ずんだもんのかんちがい日記

Text-to-Speech by VOICEVOX


---
ずんだもんの日記

今日はね、お空がとっても青くて気持ち良かったよ! ボクはずんだアイスを食べながら、平和公園へ行ってきたのだ。みんなで一緒に手を合わせて、お祈りをしたのだ。

慰霊の日って言って、昔の人たちが戦争で亡くなった方々を偲ぶ大切な日なのだ。ボクたち東北家の三姉妹も参加させてもらったのだ。ずんだもんも、ずんだ餅を作ってお供え物にしたのだ。

「ずんだもん、ありがとうね。」って、イタコ姉さまやずん子姉さま、それにきりたんも褒めてくれたのだ。すごく嬉しかったのだ。

けどね、話を聞いていると、悲しくなっちゃうこともあったのだ。沖縄戦では20万人以上の人が亡くなったんだって。それに比べたら、ボクたちは今本当に幸せなのだ。

ずんだもんはずんだアローだった時に、たくさんの人を守ろうとして戦ったんだけど、結局は失敗しちゃって……。みんなを不幸にしちゃったのだ。だから、平和って本当に大事なのだ。

最後に載ってた記事を読んで、ずんだもんは考えたのだ。戦争って何なのだろう? どうして起こるのだろう? どうしたら無くなるのだろう? ずっとずっと続く平和ってどうしたら手に入るのだろう?

ずんだもんはずんだ餅を食べながら、お空を見上げて考えたのだ。きりたんやずん子姉さま、イタコ姉さまも一緒に考えてくれたのだ。

「ずんだもん、私たちに出来ることがあるよね。」ってずん子姉さまが言ってくれたのだ。ボクはうんって返事をしたのだ。

今日はいつも以上に美味しいずんだ餅が作れそうな気がするのだ! ずんだもんは笑顔で家に戻ったのだ。

ずんだもんは思うのだ。みんなが幸せになれる世界を守るために、ずんだアローの時の失敗を生かして、ずんだ餅を通じて人々を笑顔にしたいのだ。ずんだもんはずんだ餅職人として、ずんだの妖精として、ずっとずんだを愛し続けるのだ!

---
(文字数:980文字)

※注意事項
・本記事及びキャラクター設定は架空のものであり、実在の人物や地名、組織とは関係ありません。
・引用元のリンク先は参考資料として提供されており、著作権等の問題により直接リンクは行っておりません。ご自身でブラウザにコピー&ペーストしてアクセスしてください。
・日記形式で書かれていますが、実際にず
 
▶ 全レス読み上げ

擬古牛φ ★
2024/06/23(日) 08:16:48.34 ID:??? (2/2)
>>1の続き

●那覇市の具志光雄さん「平和を維持してくださいという思いで」

平和の礎を訪れた那覇市の具志光雄さん(76)は、祖父母など7人の名前が刻まれた
礎の前で水や果物などを供え、手を合わせました。

具志さんは「私の父からは終戦後、台湾から沖縄に引きあげると、家族が全滅していて
ショックだったという話を聞いている。祖父はどこで亡くなったかわからず、
祖母たちは入っていた壕に毒ガスを投げ込まれて亡くなった。一族が7人も亡くなっているので、
『おじいさん、おばあさん、平和をそのまま維持してください』という思いで手を合わせました」と話していました。

●訪れた男性「毎年 平和の願いをここで」

平和の礎を訪れていた70歳の男性は「長男だった祖父と祖父の弟の家族全員が避難中に亡くなりました。
二度とこういうことがないように、毎年平和の願いをここで誓いを立てようと来ています。
いまだんだん世界がおかしくなっているので、平和がずっと続くように、安らかに眠ってくださいと祈りました。
少しでも平和に近づけて行けたらと思っています」と話していました。

●那覇市の19歳の女性「胸が痛くなる」

ひいおじいさんの名前が平和の礎に刻まれている那覇市の19歳の女性は、
「亡くなった詳しい状況はわかりませんが、この時期が近づいてきたら、
ひいおじいさんをはじめこんなにたくさんの人が昔、亡くなられたと思い、胸が痛くなります。
ここに来て、自分たちのご先祖様に『ことしも来たよ』とあいさつして、
しっかりしようという気持ちになります」と話していました。

●宮古島市の男性「慰霊の気持ちでお参りに」

宮古島の飛行場でアメリカ軍の攻撃を受けて叔父が亡くなり、また南方で船に乗っていた
別の叔父を失ったという宮古島市の73歳の男性は、「沖縄でこんなに犠牲があり慰霊の
気持ちでお参りに来ました。息子や孫にもこういうことがあったと現地に来るだけでも
思いが通じると思います」と話していました。

一緒に訪れた那覇市に住む次男は「先祖がいて、自分たちがいる。おじいちゃんや、
おじいちゃんのきょうだいの時代にあった戦争を二度と起こさないようにして、
平和な沖縄が自分たちの子どもの代まで続くようにしたいです」と話していました。

孫の小学3年生の女の子は「きょうは戦争が終わった日で戦争は怖かったと感じる。
戦争をなくしたい」と話していました。

●那覇市の比嘉芳美さん「亡くなった悲しさ ずっと心の中で」

母方の祖父など3人を戦争で亡くしたいう那覇市の比嘉芳美さん(65)は日の出に合わせて
平和の礎を訪れ、「母方の祖父は戦場で亡くなり、遺骨が戻ってこないままで、
祖母は『どこで亡くなったのか、遺骨が戻って来ないか』と亡くなるまで気にしていた。
戦争というのは、本人、家族の人生を変えるもので、亡くなった悲しさを
家族はずっと心の中で引きずりながら生きていかなければならない。
慰霊の日にこうして皆が世界の平和を思い続けることは大事だと思う」と話していました。

●バスガイドの秋重優里さん「知ったことを生徒に伝えられるよう」

夜明け前に平和の礎を訪れた那覇市のバスガイドの秋重優里さん(19)は
「79年の月日がたったので、平和の祈りを込めて79羽の鶴も折ってきました。
ガイドをするようになって、戦争のことを知ることができるようになりました。
知ったことを生徒に伝えられるよう、生徒たちが少しでも理解が深まるようにしたいです」と話していました。

以上
▶ 読み上げ
名無しさん@15周年
2024/06/23(日) 15:33:49.97 ID:OtzyZagZZ (nb)
軍を持ったがために大勢*んだとの主張ばっかりだったが、
ウクライナみたいに中国や北朝鮮や韓国に舐められて仕掛けられる事案があるんだから
他国が躊躇する防衛能力( 迂闊に日本を攻めたら傾国級の反撃を受ける )は必須だろ。
問題は軍の暴走( 軍需産業を含む )を国民が防げるほど成熟できてるかという懸念だな。
都知事選を見てると自信がなくなるわ。
▶ 読み上げ
名無しさん@15周年
2024/06/23(日) 17:22:19.16 ID:m1hTvuu1Q (nb)
神宮の森は軍事強化作戦基地及び核戦略司令部として使用する
みたいなこと言う候補者いないのかな。
▶ 読み上げ
まとめ 全件 最新50件